ジュール・モヌロ『現代詩と聖なるもの』より、シュルレアリスムとグノーシスの比較

「アレクサンドロス大王がナイルの河口にアレクサンドリア市をつくったのが前331年、アレクサンドリア図書館で知られるように、ここにはヘレニズムの文化が華麗に開花し、新プラトン哲学、ユダヤ・キリスト教の神学、そしていわゆるグノーシス思想も醸し出された。
 グノーシスというのは、ごく簡単にまとめると、ギリシャ語で「知識」「認識」のことで、グノーシス主義を所有することで救われるという思想である。〜略〜グノーシスは2世紀から4世紀にかけてローマ帝国に広がっていったが、やがてキリスト教によって滅ぼされていく。

☆2世紀頃のグノーシス主義の代表はウァレンチヌスである・・・「全宇宙は充実の流出の秩序をもち、地上はその秩序の最下層の闇の中にある。創造神は悪の力であり、創造は誤りであるとするが、グノーシスによって魂は再び充実の中に戻って救われるのである」
☆同じ頃やはりアレクサンドリアにいたパシレイデスは・・・「この宇宙は365の層をなす天で作られていて、その最下層の神がアブラクサスである。この神が地球や人をつくる。アブラクサスはこの不完全な世界の支配者であり、同時に完全な世界への媒介者である」
☆カルポクラテス・・・「無道徳主義こそが自由に達する道」

少し違うがプロティノス・・3世紀の人。ローマ皇帝ゴルディアヌス3世に従ってペルシア遠征へ行き、ペルシアのゾロアスター教やインドのヒンドゥー教、仏教の知を体得、新プラトン主義を打ちたて、古代ギリシャ哲学の最末期を飾った。・・・最終的にはグノーシス派の自然に対する侮蔑を否定したが、根底的にインド思想と近く、キリスト教とは異質であった。

「どちらの時代にあっても。社会の各階層も諸民族も「上から下まで完全にかき乱されていた」


ジュール・モヌロは書く。
「シュルレアリストのうち、超現実主義者たることをやめずにコミュニスムの闘士たろうと欲した人々の内部には、西欧文学の歴史の曲線の到達点ともいうべき表現の自由と、・・・・コミュニスム的規律との間に、矛盾相克があった。この生身の矛盾にがっしりと締め付けられた彼らの演じたドラマ、それはまさしく喜劇と紙一重のしろものであるが、20世紀初頭の革命的知識人のドラマを浮き彫りにしている」
 エリュアールや、マヤコフスキーの死は、この「良心のくびき」にほかならない。

グノーシスとキリスト教、シュルレアリスムとコミュニスム。