4月のほりうち氏。

Martes,17 de abril; 
 荷造りはだいたい終わった。多いなあ・・・でもこれ以上は減らせません。ギター。カメラ。パソコン。ネタ帳。echoも1カートン買ったし、当分は煙草にも困らないね。メキシコの煙草って美味しいんかなあ・・どうも、『ブエナ☆ビスタ』のイメージが被って、葉巻を思い浮かべてしまう。葉巻はきっついなあ。あれは、肺にいれてもいいんか?「口で転がして味わうねん」て誰かが言ってたような・・・あ、それはワインか。cozyさんおすすめの『大衆の反逆』を、天理駅前ケンタッキーで読んだ。あああ。これ返却期限月曜日までやったわ。忘れてた。司書のヒト怖いねんなあ・・申し訳ない。ほんとに。

桜の季節も終わったねえ・・・この前、和歌山城へいったときの写真。桜がいちばんいい頃やったよ。安いデジカメなので、画像はそんなに良くない(涙)縮小したら、ちょっとは見れたもんになった。お城の向かいにあった和歌山近代美術館では、アンデルセン展をやってた。アンデルセンといえば『はだかの王様』『みにくいアヒルの子』等、有名な作品をたくさん遺した童話作家。それらの童話の為に描かれた、様々な画家・イラストレーターの挿絵が展示してあった。かの有名ないわさきちひろさんの絵もあったが、ぼくがいちばんヒットしたのはリスベート・ツヴェルガーという挿絵作家の絵。めちゃかわいいねん。さて、アンデルセンの作品で心に残ったのが『雪の女王』という、少し長いもの。イヤほんとにいいんだって。一度どこかで見かけたら立ち読みしてください。「愛とはなんぞや?」ということをぼくらに教えてくれますわ。まさに「愛こそが永遠性を生み出せる」。最近「愛」がマイブームなので(笑)なんやかんやと自分流の愛に結び付けて考えてしまう。結局、最終的にはそこに行き着くってゆうことかな?

 



Mie’rcoles,18 de abril;
 授業あると思って学校行ったら、新歓祭やった・・・図書館で少し本を読んで、古本屋でいくつか本を買って帰った。今買って読むのはいつになることやら(笑)なんか柄にもなくどきどきするもんやね。電話を掛けて、掛かってきて・・・こんなに電話をしたのも久しぶりだよ。スペイン行ったときにギャフンといわされてるから(笑)初日がほんまに心配やわ。
 オルテガの思想は、やっぱりニーチェ的だと思った。そして、両者ともに(少なくともオルテガさんは)全体主義思想ではないのに、ニーチェはナチスに、オルテガはファランヘ党に読み替えられた。確かに『大衆の反逆』を読んでると、「全体主義的じゃない、これ?」と思われるようなフレーズはある、でも、ひととおり読めば、それが誤解であることはスグにわかる。ほんをよむということは、平たく言えば、おもしろくて、ためになる。しかし(道徳的な意味だけでなく、もっと広い意味で)「善く」生きるために本を読むのなら、(これも、道徳的なものだけじゃなくて)「正しい目をもって読む」ということが必要なんやね。書物を盲目的に信仰するのもダメ、かといって過剰に懐疑的になるのも・・・A・・くん、こうゆうの、どう表現したらええの?ささ、もう寝ましょう。おやすみ。

 

 

Jueves,19 de abril;
 だらだら起きて、空港に行く。3時半から搭乗手続きやのに今はまだ2時半。ちょっとエセ電脳少年を気取ろうと思って、電光掲示板の前でパソコンを開く。てゆうか緊張してる。なにが?て、ぼくはほんまに小心者やからね、実際。今日はもうこれを開くこともないと思うので(飛行機の中で開く勇気は無いっす(笑))いろいろ書いておこう。ええと、とにかく、はやいとこメキシコの煙草に慣れることが一番の課題。・・あ、今前とおったヒト、森本レオに似てた。これはいい前兆ととらえていいものか、どうか。あ、あかん、きょろきょろしてたら余裕ないヒトやと思われる。

 ・・・そして、只今ダラス空港。二時間待ち。おととしスペインへ行ったときに初めて飛行機に乗ったんやけど、そのとき感じたことを今日もおもった。つまり、飛行機は外の景色が見えないので、時間が固まったように感じてしまうということ。そして、ほんの数時間前の出来事がとても昔のことに思えたり、スペイン行きの飛行機の中でみた『東京日和』をついさっきみていたようなきがしたりする。ぼくが(不安・期待が入り混じって)それぞれの瞬間の順序をめちゃくちゃに捉えるような状態にいるのか?自分の場所が確定していないということが、時間概念をも不安定にしているのか?と、そんなことを考えた。・・ああ、今日飛行機のなかで、タイトルはわからへんけど、新山千春が出演してた、オーディションネタのやつがおもしろかった。「映画」のなかで「演じる」ということをクローズアップする、つまり、本来その役を「演じている」はずの役者さんが、演技の中で、さらに「演じる」。・・・?とにかく、おもしろかったよ。演劇バカの(笑)S・・にはおすすめ。
 ダラスからメキシコシティー行きの飛行機に乗る。夕日が・・・めちゃキレイやった。曇り空をかきわけて、ふっと雲の上に出たとき、すごくいい景色が広がった。これはいい前兆?わるいほう?なんしかドキドキしましたわ。
 さて、なんやかんや言いながら、着きました。無事、ぼったくりにもひったくりにも遭うことなく。イヤ、大げさなようやけど、ほんとにびびってたんだって(関東弁で)M・・がびびらせるようなこと言うし。ちょっと高いタクシー代と、ちょっと高いホテル代を出して、ひとつの部屋に案内された・・てゆうか、ここスイートやん!おれ一人やっちゅうねん!でも、口論する語学力も気力もなかったのでそのままにしておいた。てゆうか、部屋にコネクターついてんのに、なんでインターネットつなげへんねんな!へんなところに電話してしまったらしく、10ペソを請求された。ああ・・まあ、えらい目にあわんかっただけでよしとしよう。掲示板にわけのわからんスペイン語と英語で少し書いておいた。
今日はとにかく寝ますわ。おやすみさん。
 
Viernes,20 de abril;
 朝の九時ごろ、電話しようとおもってふらふらと外に出てみた。朝のメキシコシティ、zocalo地区。うさんくさい(笑)カテドラルの前で見知らぬおじいちゃんに声を掛けられ、テオティワカンへ行かないか、と誘われた。今日は国立宮殿とか(タダやし)行こうとおもってたんやけど、金曜日はインディヘナがフィエスタをやるから見逃したら損!とか言われて、うーんじゃあ行こうか、ということになった(そんなイベントやってなかってんけどな、実際(笑))。一台のタクシーに連れて行かれ、それに乗り込んだ。緑と白でペイントされた旧型ワーゲン。運転手はホセ・ルイス・オルテガという名前で、ぼくはすぐに『大衆の反逆』のオルテガをおもいだした。リブレのほうのタクシーはやめといた方がいい(by地球の歩き方)らしいのでちょっとどきどきしてたけど、とても気さくなヒトで、もう運転中べらべら喋りまくるのでよかった。
 テオティワカンはシティの北約50kmに位置している。紀元前2世紀頃に建造され、規模からいってもかなり繁栄したみたいやけど、8世紀頃に突然、滅亡する。なんでかは未だ不明らしい。現在のソカロ地区周辺に、スペイン人がやってくるまで続く強大な国を造り上げたアステカ人がこの地にやってきたときには、既にテオティワカンは廃墟として放置されていた。アステカ人は、この遺跡の規模の大きさから、ここは巨人=神が住んでいたところだと考えた。「テオティワカン」とは彼らの言葉で「神の場所」という意味らしい。
 この写真は、幾つかあるピラミッドのうちのひとつ「月のピラミッド」に登ったところ。最初は全部登ろうと思ってたんやけど、あかん。体力と気力が尽きたよ(笑)イヤほんまに、めちゃめちゃでかい。まだ4月やからいけたけど、本格的な夏に入ってるともうあかんやろね。そして、ぼくは死者の道を抜けていった。おもしろかった、けど、実は6〜7割くらいがレプリカらしいので、こう、ぐっとくるものはなかった、それよりも、ここに来る途中で立ち寄った「三文化の広場」Plaza de las Tres Culturasにはやられた。ほんまに。でも、デジカメで写真とるの忘れてたので、ここには載せません。申し訳ない。
何が「三文化」なん?それは、アステカ文化、スペイン文化、そしてそれらを取り巻く現代の文化。アステカ時代、ソカロ周辺は広大な湖だった。アステカ人は長い放浪の末に、彼らのなかで伝説となっていた場所・・・蛇を食べているワシがサボテンにとまっている場所を、この湖のなかの島に見つけ出す。そこはテノチティトランと呼ばれ、都市部となったが、湖にはもうひとつ小さい島が浮かんでいて、こちらはトラテロルコと呼ばれ宗教的・商業的役割を果たした(宗教的場所が同時に商業を司るという構図は過去の日本をおもいだすと興味深い。平安時代くらいからかなあ?日本では商業的活動、平たく言えば金儲けをすることは卑しいこととされていた。そして、神聖なものを介することでそれを浄化するという意味で、「市」は社寺の境内で開かれた)。
 1521年、アステカはスペインの侵略に対し最後の抵抗をこの地で試み、そして敗れ去った。スペイン人は(ここに限ったことではなく、全土で行われたことだが)トラテロルコを破壊し、その敷石をもって教会を建設した。
 1968年、政府に反対する学生達はここに集まった。間近に控えたオリンピックを平穏に開催するため、政府は軍をもって彼らを取り囲み、かなりの人数を射殺した。教会の壁には、銃弾の痕跡がなまなましく残っていた。
 1985年、メキシコシティを大地震が襲った。この地は過去湖だったので地盤が弱く(ホセは、数メートル下はもう水、と言っていた)大きな被害となってしまった。市外には、未だ再建されていない建物が幾つか残っていた。
 とまあ、こんな感じで、ホセの「昼下がり講義(笑)」は進んだ。もう、メモをとる暇もなく、しゃべりまくる。彼は、『「三文化の広場」は、メキシコ≒メスティソを象徴している』と言った。それが、彼がぼくをここへ連れてきた最大の理由だろう。

テオティワカンを歩き終わってから、「メキシコの典型的な食事」タコスを食べた。arroz=米は、コンソメみたいなもので炊いてあった。nopalというのは、アロエの親玉みたいなサボテンで、小さいものは食用に、大きくなったものは薄皮を剥いで紙に、繊維をとって糸にする。conejoはウサギ肉。ノパルの果肉とウサギ肉をノパルの薄皮で包んで、なにかのダシで煮込む。これをトルティージャにつつんで、めちゃめちゃ辛い(笑)ソースをかけて、食べる。うん、悪くない。ウサギってはじめて食べたけど、鶏肉に似てあっさりしてる。くさみもない。いける。
 売店でテキーラ、プルケを飲まされ、恐ろしく酔ってしまった(笑)ぼくを酔わしてどうすんの!?イヤイヤ。売店のおばちゃんも、ぼくの余りの下戸加減に驚いてたよ。「酔った?うそやろ?」て、しきりに繰り返してた。

 とにかく、今日は、ホセと出遭えてよかった。ここに来て以来、ぼくは警戒心で余りに凝り固まっていたように思う。イヤ、だから警戒を解く、ということじゃない。今日もホテルに帰ってきてからふとみるとカバンのチャックがあやしく開いてたり(笑)してたし。昼間のソカロは夜にも劣らず危険地帯。心を許しながらも、ぼくは今日一日、決して自分のカバンをホセの車に置いておくということはしなかった。これとはまた違う意味で、ぼくは彼を信頼した。ぼくは旅人の傲慢さで気安く「アミーゴ!」とは言いたくない。ただ親日的なメキシコ人を見つけた、という「出会い」ではなく、ふらりと乗ったタクシーの運ちゃんにこんな次元の話が聴けたという「出遭い」が、ほんとにうれしい。ぼくは聴くことはできたけど、あまり喋れなかった、だから彼はぼくをどう感じているのかわからない。全てが仕事の為、だったとしてもかまわない。ぼくは今日、メキシコという混合物がもつ本質的な「熱さ」を感じたように思った。ちょっと大げさかな?彼は平日は、ソカロ横のでかいカテドラルの前に居てるらしい。また逢えるやろか?・・・とにかく、昼間のテキーラが、少しうたた寝したスキに頭にきた(笑)かなり痛い。もう寝ますわ。おやすみ。


Sa’bado, 21 de abril;
 今日は大してしたいこともなく、荷物が多いので動くこともできず(言い訳)とりあえずまだ行ってなかった、でかい教会Catedral Metropolitanaへ行った。じつは、泊まってるところはこの教会の裏側やねんな。スペインのとどう違うんか・・・ほとんど同じかな?グアダルーペ信仰は特徴的だけど。以前授業で、ラテンアメリカでは「聖人信仰」はスペインのカトリックとはまた違った意味を持っているとか、仰っていたような・・でも、観光客がいっぱいでざわざわしてて、あんまりよくなかった。ぼくはやっぱり、まさに「観光!」色がでてるところよりも、ヒトがあんまり来ないところのほうが良い。うちの近所の長岳寺なんて、正月のはじめから静かなもんでしたよ(笑)こう、軽く踏み固められた小径を、柔らかい苔が覆っている・・・その上をそっと歩くような、そんな感じ。少し酔ってるな(笑)スペイン行った時も、レオンのカテドラルよりも、(バレンシアじゃない)パレンシアのサンミゲル教会のほうが良かった。レオンから電車で一時間。内部を美術館に改造したカテドラル以外に大して見所のない町(サンミゲルは、カテドラルの近くにある)ああ、あと、民族博物館もあったなあ・・Bandurriaという楽器が安かった。
 少し脱線。カテドラルを出て、すぐ横の国立宮殿Palacio Nacionalに行った。二階へ上がる階段から、二階の壁面にかけて、ディエゴ・リベラの壁画『メキシコの歴史』が描かれていた。とにかく熱い・・・よかった。思い当たったのは、望月峰太郎『ドラゴンヘッド』は、スペイン征服以前の文明をモチーフにしてるんじゃないだろうか?ということだ。これも脱線するけど、『ドラゴンヘッド』は熱いよ。ほんとに。ぼくの感想を一言でいえば、「‘生’ばかりを追い求める現代に対する警鐘をラディカルに表現した作品」かな?『寄生獣』くらい刺激的だけど、その手の作品にタフなヒトはぜひ、読んでみてください。
 現代において‘死’の領域が追いやられているという指摘は三島由紀夫が『葉隠入門』の中にもあった。『ドラゴンヘッド』の中でも、特に終盤に入ると、「生」と「死」に関する問答がたくさん見られる。この作品を(立ち読みしたんやけどね(笑))読んでからプレ・ヒスパニックの文化を考えると、彼らは「平和がもたらす生命の弛緩」を避けるために、常に生を緊張状態に置くために、生け贄の儀式を続けたんじゃないだろうか?とも思える。アステカは、生け贄のための捕虜を欠かさないために、わざと近隣の民族を完全に征服せず、戦争をし続けたらしい。
 アステカの神話によれば、「太陽は神々の犠牲によってつくられた、だから太陽を動かし続けるために、自分達も血を流し続けなければならない」ということらしい。彼らは太陽が沈み、再び昇ってこないことを、つまり「闇」の状態をひどく恐れた、ということか。「闇を恐れる」ということは『ドラゴンヘッド』に登場する「ノブオ君」との関係が挙げられる。彼はその恐怖を「闇と同化する」ことで解決しようとした。
 また、「心臓を取り出す」ということについては、エジプトの「死者の書」をもってくるとおもしろい。『3×3eyes』では「三只眼」(こんな漢字やったっけ?)が「心臓を取り出したら、死ぬだけじゃ」と、全くの正論を言っている。そう、心臓を取り出したら、死ぬだけ、そのとおり。それにもかかわらずこの行為にこだわるというのは、また、時期も場所も違うふたつの文化で(行為としては)同じようなコトが行われるというのには、水面下になんらかの・・・があると考えたくもなる。あ!建造物も、似たような形!両方とも多神教!そして、人間と動物の合成=キマイラ型!ありゃりゃ。共通点はたくさんあるなあ。そして、今、ぼくはインドの神々も思い浮かべた。たしか、象の神様とか、サルの神様とか、いろいろ居るんやなあ。ぼくは初期の『3×3eyes』に多大な影響を受けているらしい(笑)最近はIT化が進んでいて、あまり好きになれへんけど(笑)インドとくれば、今度はオクタビオ・パスが出てくる。彼はインド大使として派遣され(1968年の事件に抗議して辞任したけど)多大な影響を受けた。

 まあ、こうゆうとこはぼちぼちまとめていこうと思ってます。さて話は戻って、国立宮殿。裏庭にいろんなサボテンが植えてあった。
ご存知、テキーラはマゲイMagueyという、竜舌蘭の一種からつくられる。竜舌蘭はサボテンの一種か?イヤそれは知りません。申し訳ない。と、とにかく、テキーラはマゲイからつくられる。プルケという、先住民のお酒もマゲイからつくられるんやけど、どうも種類が違うみたい。宮殿の裏庭には、葉の縁が黄色い、ふつうのマゲイMagueyのほかに、プルケのマゲイMaguey pulqueroやテキーラマゲイMaguey tequileroが植えてあった。

 メキシコにて初トラブル!(笑)両替に行った帰り道、べつうさんくさい通りでもなかったのに、うさんくさい兄ちゃんにからまれた・・・怖いというより、こんな真昼間の大通りでからんでくるアグレッシヴさに圧倒されて(強がり。)タバコをくれ!と言われたので胸ポケットから出すと、丸ごともってかれた(笑)まだ一本しか吸ってなかったのに・・・(涙)うーん、見くびってたね(笑)まだ2時くらいだったのに、すねて(というより、意気消沈して)ずっとホテルで買ってきた本を読んだりしてた。そうそう、日本に居る間に読めなかった、オクタビオ・パスの『孤独の迷宮』を発見してん。しかし・・・当然のコトながら、スペイン語ばっかりやわ(笑)とにかく読まんと話にならんし、ぼちぼち読んでいこう。
 さて、ステイ先のおかんと、現在グアダラハラに居てるR・・に電話した。なんか体調を崩している模様。あ、そういえばぼくもちょっと夏バテ気味。気をつけないとね。明日は朝から、グアダラハラへ向けて出発します。


注:「R・・」とかいうのは、匿名性を強調する、フランス文学かぶれです(笑)。あしからず。

次のページ